「能って、よくわかんないけど『ヨーッ、ポンッ』みたいな感じのやつでしょ?」
「そうそう、そんな感じのやつです。」
こんな会話をしたことがあります。
能をあまり知らない人にとっても、能の楽器の音と、掛け声は印象的だったのだと思います。
そういえば、楽器演奏の最中に掛け声をかけるなんてあまりないですよね。
しかも、前で演劇をしている最中にすごく大きな声で。
それから、「ポンッ」っていう太鼓の音もいかにも日本的なアクセントって感じで耳に残ります。
今回は、そんな印象的な能の楽器や音楽について、調べてみました。
能で使われている楽器は4つ
能は総合芸術と言われます。
舞踊と音楽と演劇が合わさって表現される舞台だからです。
その中で、能の音楽のことは、囃子(はやし)といいます。
演奏する人のことは、囃子方(はやしかた)です。
囃子方の楽器は
・笛
・小鼓(こつづみ)
・大鼓(おおつづみ)
・太鼓(たいこ)
の四種類です。
太鼓が入らない曲もありますが、この4つの楽器以外は能では使いません。
(ごく稀に特殊な演出として、能のストーリーの中に楽器を登場させることはあります。)
それでは、それぞれの楽器を見てみましょう。
笛
能で使われる笛は能管(のうかん)と言います。
能管は雅楽の竜笛を元にして作られた笛です。
なので、見た目は竜笛ととてもよく似ています。
竜笛について詳しくは、こちらの記事をご覧ください。
しかし、能管の中には竜笛にはないとても不思議な細工がされています。
能管は製作段階で、笛の本体の中に短い竹の管が差し込まれます。
(この管のことを喉(のど)と言います)
それによって、音律を狂わせているんです。
楽器の音をわざと狂わせて作るんですよ?!
能の他の楽器は打楽器です。
だから、笛が唯一旋律を奏でる楽器なのに、なんで、わざわざそんなことを…。
能管はこのような作りになっているので、一管一管全て、微妙に音律が異なってしまいます。
それで、大丈夫なのかな…、と思ったのですが、能の舞台に能管は一人しかいません。
また笛の他に旋律を奏でる楽器が一緒に出ることもありませんので、大丈夫なようです。
能管はどうして、こんな不思議な作りになったのでしょうか。
その理由は諸説ありますが、分かっていません。
能の舞台を表現する為に、音律を正すよりも、もっと大切なものがあったのかもしれません。
例えば、能管にはヒシギという音があります。
「ヒィー!」という高い音で、鋭く、空間を貫くような非常に緊張感のある音です。
音楽というよりも、気配そのものという感じです。
ヒシギは、人ならぬものが登場する際などに吹かれたりします。人を超えた何者かの気配なんて、このように不思議な作りの能管の響きでなければ、表現出来ないのかもしれません。
小鼓
冒頭の友人が「ヨーッ、ポンッみたいな感じのやつ」と言っていた「ポンッ」のところは、小鼓(こつづみ)の音です。右肩に小鼓を担ぎ、左手で調べ緒を握って、右手を下から上に振り上げて打つ姿が、とても凛々しい打楽器です。
ちなみに、振り上げる動作で打つ打楽器は、世界的に見ても小鼓しかありません。
確かに、重力がありますから、振り下ろす動作になるのが自然です。
能の世界は世界的にも珍しいものばかりですね。
小鼓は、調べ緒を持つ左手を開いたり握ったりして、音色を変えながら演奏します。
また、皮の中央を打つか、端を打つか、5本指で打つか、1本の指か、2本の指か、によっても音を変えます。
非常に豊かな表現ができる打楽器です。
小鼓特有の「ポンッ」という音は、張っている皮の弾力から生まれます。
その為、皮には湿り気が必要になります。
小鼓の奏者は、皮に湿度を与えるために、演奏中でも皮面に息を吹きかけて湿度を与えています。
能の舞台で、小鼓の奏者が小鼓を顔に近づけていたら、それは、息を吹きかけているのです。
大鼓
大鼓(おおつづみ)は大皮(おおかわ)とも言います。
小鼓が「ポンッ」といった柔らかく潤いのある音だとしたら、大鼓は「カーン!」という高く乾いた音を出します。この音は、演奏前に皮を焙じて乾燥させてから、調べ緒できつく締めて作り出します。
また、演奏者は指に指革というカバーをして、強く指を打ち付けます。
このように、大鼓は小鼓とは全く逆の打楽器です。
小鼓と大鼓はペアで演奏されることがほとんどです。
小鼓の豊かできらびやかな音と大鼓の鋭い音が混ざりあって、能の世界を表現していきます。
太鼓
太鼓は欅をくりぬいて牛の革を張って調べ緒で締めた打楽器です。
演奏するときは台に載せて床に置き、両手に持った2本の撥を交互に打ちます。
能の演目によっては太鼓が入らないものもありますが、神や鬼など人ではないものの登場の場面で多く用いられます。
能のあの掛け声って何なの?
冒頭の友人が言っていた通り、能では、打楽器の奏者が「イョー」「ホー」「イャー」といった掛け声を掛けながら演奏します。
掛け声は、4つの楽器同士や舞台上で演技をしている人が、意思疎通をするために掛けています。
西洋のオーケストラには指揮者がいます。演奏者はみんな指揮者の方を向き、全員が指揮者に合わせて合奏していきます。しかし、能には指揮者がいません。
そこで、掛け声を掛けて意思疎通をするのですが、指揮者のように誰か一人がリーダーになってみんながそれに合わせる、というわけではありません。
それぞれの楽器の囃子方と演じている人、みんなが対等の立場なんです。
リーダーがいるわけではないので、その瞬間瞬間でお互いに確認しあって舞台を進行させていきます。
その為に演奏の途中の掛け声が必要なのです。
能囃子を聴きに行こう!
能は、ライブでみんなで作り上げていく感じがすごくて、掛け声だけでなく気のぶつかり合いというか、ものすごく張り詰めた空気を感じることがあります。
この感じは、ライブでなければ体験できないと思います。
機会がありましたら、ぜひ能楽堂へ能囃子を聴きに足を運んでみてくださいね。