援助交際なんて言葉が問題視されるようになって早幾年、性の乱れが社会問題になってたりしますよね。
「今時の若いモンは・・・」などとボヤかれる年配者もおられるかもしれませんが、昔ってもっと貞淑だったのかといえば実はそうでもないんです!
江戸時代の人達って、どんなふうに男女関係を深めていたのでしょうか?
色々と驚愕な江戸時代の性事情をまとめてみました☆
実にお盛んだった江戸時代の男女関係
今の様に性に閉鎖的で貞淑を求められるようになったのは実は明治以降、西洋文化が流入してきてからなんです。キリスト教はそのへん厳しそうですもんね〜。
それまでの江戸時代の人々は実におおらかに男女関係を楽しんでいました。
婚前交渉も当たり前で、女性の初体験の平均は15~16歳くらいだったようです。
「できちゃった婚」も多かったらしいですよ。
結婚前に体も含めた相性を確かめて、嫁姑の相性も確かめて結婚に至る。みたいな感じでしょうか!?
お祭りで婚活
今でも各地に伝統的なお祭りが様々ありますが、江戸時代には多くのお祭りが男女の睦み場だったりしたんですよ!
お祭りで各地の人々が集まって、そこで男女が盛り上がりまくるわけですね。
特に農村などは小さなコミュニティですから、その内部だけで子作りしていくと血が濃くなる弊害があったりもしました。
しかし今より交通手段のない時代ですから、他の村との交流もそう簡単ではありません。
そういう事情を踏まえると、実に合理的な「婚活パーティー」ですね。
当時は今とは道徳観念が違いますから、性行為は子孫をなす神聖な行為として現代のように忌避されていませんでしたので、お互いその気になれば、そこらの繁みでおっぱじめちゃうのが祭りの夜でした♡笑
ただそこでも暴力的なものはありませんでした。
女性が拒否したら諦める。しつこいと周りから〆られるというのが一般的だったようです。
夜這いは文化です!
「夜這い」ってなんだか犯罪めいたアブノーマルな印象がありませんか?
江戸時代では夜這いはごくノーマルな男女の求愛行動でした。
現代のようにラブホなんてもちろんありませんし、男女がいわゆるそういうコトをなそうとしたら夜半に寝床に潜り込むしかなかったんですね。
ただこの「夜這い」は双方合意の上にあるものでした。
女性にはきちんと拒否する権利があり、そこを強引にいたせばそれは「強姦」でした。
農村などでは夜這いがシステム化されていたりしたんですよ。
地方によって違いはあったでしょうが、年頃になると男女とも熟練の年長者から性の手ほどきを受け、「夜這い」で経験を積み結婚相手を吟味しました。
男性から事前に夜這いにいくことを通告する事もあれば、男たちで夜這いする先をくじ引きで決める所もあったそうです(´゚Д゚`)
もちろん女性には拒否権がありましたよ!
江戸時代の性風俗産業
貧しさから娘を売る、なんてシチュエーションは時代劇なんかでよく見ますよね。
さて売られた娘の行く先は・・・?
大抵は遊郭(ゆうかく)などに連れていかれるわけです。いわゆる性風俗店ですね。
今のような貞操観念がなく、しかも都会では慢性的な女性不足ですから、そりゃあ性風俗産業が繁盛するってものです。
遊郭で体を売られる女性を「遊女(ゆうじょ)」といいました。
遊女の最高位は「花魁(おいらん)」とか「太夫(たゆう)」といい、とても庶民には手が出せない高級遊女でした。一晩のお相手のお値段は数十万円にもなったそうです。
しかも初対面でいきなりお相手をしてはくれません。何度か通い、しかも花魁や太夫が気に入らなければお断りされてしまいました。
意に染まぬ性行為を強いられる悲しい遊女ですが、上り詰めると色々すごかったんですね。相手がお殿様でもお断りできたそうですよ(゚▽゚)
一般庶民の旦那さま方がちょっと奮発して楽しんだのが「局見世(つぼねみせ)」と呼ばれる売春宿でした。
格子越しに並んだ遊女を物色し、気に入ったらお買い上げなシステムです。
お店によって遊女の質も金額も違いがあり、その日の気分と懐具合で旦那衆は思い思いに楽しみました。
遊郭などのに所属せずに個人で売春をした女性を「夜鷹(よたか)」といいます。
安い局見世の遊女が加齢や病気で店を追われて夜鷹になる事も多く、性病の危険がありました。
代金は非常に安かったそうです。場所も、そこいらの物陰にゴザを敷いていたしていました。なんだか色々辛そうですね…(´・ω・`)
浮気はご法度
そんな感じに性に開放的だった江戸時代ですが、浮気もなんでもし放題というわけではありませんでした。
幕府は人々の性の乱れを憂慮してはいたんですね。
八代将軍吉宗の時代に「密通御仕置之事」というのが定められました。
「密通」とはつまり既婚者の浮気の事です。
ここで定められた密通に対する処罰はなんと「死罪」でした(((;゚д゚)))
しかし庶民は気にせず楽しみまくっていたようです。
刑罰があまりに重いために訴え出る人は少なかったそうですよ。
助平は人間の本能なのですが
開国から西洋の文化や思想が流入し、西洋列強に並びたかった政府は、キリスト教の道徳観念を国民に広めました。
農村の夜這いなどは根強く、戦後あたりまで残存していたそうですが、徐々に国民に浸透したその「道徳観念」が処女性を神聖化し、貞淑さを求めるようになりました。
そして現在、結婚しない、できない男女が世の中に溢れ、農村では慢性的な嫁不足に陥っています。
少子化が深刻と問題視されていますが、はたしてこの日本古来の風習が残っていたらどうなっていたんでしょうか?
まあ、現代日本では貞淑さなんてものは影を潜め、性産業も世界トップクラスみたいですけどね…(;’∀’)笑
※最後までお読みいただきありがとうございます♪ あなたも相当な助平さんですねぇ〜 笑
実は性事情もさることながら、江戸時代の「女性の日」の事情もいろいろとスゴいんですッ!
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