戦国時代の食事とは

戦国時代の食事は驚きだらけ!お殿様は熱いものが食べられない?

国内にいながら、世界各国の料理が食べられる素晴らしい国、日本。

このありがたい食文化は、多くの先人の知恵と努力のお陰です。

かつての日本人は、戦国時代や江戸時代、戦争や飢饉の食糧難を乗り越えてきました。

そこで今回は、戦国時代の食事に焦点を当て、調べてみました!

戦国時代の食事の回数は1日2回だった

食事は1日2回今でこそ、朝、昼、晩と、1日3回の食事が当たり前ですが、戦国時代の食事は1日2回が一般的でした。

1日3回食べるようになったのは、戦乱が収まり、食料事情もよくなった江戸時代から、といわれています。

とはいえ、武士と庶民(町人や農民)、将軍など、立場によっても違いはありました。

特に戦場では、いつ合戦が始まるかも分からず、奇襲攻撃も受けることもしばしば。

食事は食べられるときに食べておこうという時代です。

現代でも「腹が減っては戦はできぬ」と言いますね☆

ご飯の量が半端ない!

ご飯大盛り電気がない時代、ご飯はカマドで焚かなければなりませんし、冷蔵庫がないので冷凍保存もできません。

ご飯はおひつに移し、食事のときに茶碗に盛って食べ、余った分はにぎり飯にすることもありました。

問題はご飯の量です。

その量、1食あたり、なんと茶碗5杯分!!

1日2回の食事なので、1回のご飯の量は茶碗にてんこ盛りでした。

1日に、1人約5合食べていたというから驚きです(@_@)!

おかずが少ないというのも、要因のひとつでしょう。

ご飯、味噌汁、漬け物が基本で、裕福な家でなければ、魚や卵などのおかずは食べられませんでした。

ご飯は腹もちもよく、偉大な主食ですね☆

白米か玄米か、雑穀ご飯はご馳走なの?

雑穀飯現代は、健康を気遣い、白米に麦や雑穀を入れて食べる人も多くいます。

ランチプレートに雑穀ご飯が盛られた写真は、オシャレで映えるからSNSにアップして…なんて。

ところが、戦国時代は、麦めし、玄米、雑穀ご飯がスタンダードでした。

戦国時代どころか、江戸時代に入っても、白いご飯はご馳走だったのです。

ミネラルやビタミンという概念がない時代、純粋に、白い飯は美味い!という想いだったのでしょう。

これぞ戦国時代ならではの食事「兵糧」

兵糧丸兵糧は戦国時代になくてはならぬ、保存のきく食事でした。

籠城(城に何日も立てこもる)することも多く、とにかく保存がきく食べ物が必要だったのです。

戦場へは、丸めた兵糧丸(携帯食)を腰に付けて持って行ったことから腰兵糧とも呼ばれました。

もち米やきび粉、きな粉、葛粉などに、ごまや山芋、山菜などを混ぜて丸めたものです。

小豆や干した米などもありましたが、戦場では火を使わず、すぐ食べられることが重要でした。

缶詰やレトルト食があったら喜ばれたでしょうね~☆

さすが築城の天才 食べられる城とは

熊本城愛知県には、お菓子の城と名付けられたメルヘンチックな建物があります。

とはいえ、城自体は食べられません。

ところが熊本には、なんと食べられる城があるというのです!

築城の名人と呼ばれた、加藤清正が建てた熊本城です。

壁にはカンピョウを入れ、畳には干した芋の茎が編み込んで、籠城に備えたのです。

矢を結ぶ紐は、干したワラビを用いました。

天日干しした食料は栄養価が高く、保存もききますが、科学的な根拠がない時代に凄い知恵ですね☆

いつの時代も苦しめられる年貢

年貢米戦国時代から江戸時代にかけて、お米を作っている農民は年貢に苦しめられることがありました。

年貢は現代でいう税金のようなもの。

現代は稼ぎに応じて税金を納めますが、昔はお上(殿様など偉い人)が決めた分のお米を納めました。

お米は、その年の天気や状況によって採れる量が変わります。

しかし、そんな理由はお上には通らず、定められた分はきっちり納めなければなりませんでした。

不作の年は、生産者であるはずの農民がお米を食べられないという状態も!

苦しい年貢に耐えかねた農民は、命をかけて一揆駕籠訴(かごそ)をしました。

現代でも消費税や所得税など、お金で年貢を納めますが、年貢が苦しいのはいつの時代も同じですね(^^;)

猫舌じゃないのに、熱いものが食べられないお殿様

焼きサンマ有名な落語に、目黒のサンマというお話があります。

ある日、目黒まで遠乗りに出掛けたお殿様は、お腹が空きましたが弁当を持参していませんでした。

そんな折、いままで殿様が嗅いだことのない美味しそうな匂いが漂ってきました。

家来にこの匂いは何だと尋ねると、庶民が食べる下衆魚「サンマ」を焼いている匂いだと答えます。

お殿様の口に入れる物ではございません…と。

当時、お殿様の食事は、何人ものお毒見役が確認してからでないと食べられませんでした。

鯛などの高級魚も、骨を丁寧に取り除き、口内や喉に刺さらないように配慮されていました。

焼いた熱々の魚や、汁物などは食べられなかったのです。

ましてや下々が食べるサンマなどは、見たことすらありません。

脂が乗った焼きたて熱々のサンマを、空腹のお殿様が食べたら、何にも勝る食事だったことでしょう♪

まだまだある 戦国時代の食事にまつわるエピソードたち

日本食の文化ほかにも、戦国の世の食事にまつわるお話は数々あります。

明智光秀が織田信長に命じられて、会食の用意をしたら、豪華すぎる!と蹴り倒された話。

宣教師の訪日がきっかけで、肉を食べるようになった話など。

まさに食は文化!です。

これを機に、ぜひ日本食や戦国飯について調べてみてくださいね♪




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