能は、今から1300年ほど前に中国から日本に伝えられたのが始まりと言われています。
それから数えきれないほどの演目が作られました。
しかし、現在でも上演される「現行曲」と言われるものは200曲ほどです(流派によって異なります)。
さらにその中でも、とりわけ上演回数の多い人気の曲がいくつかあります。
今回はそんな能の人気曲の中から、「羽衣」について解説していきます。
能・羽衣のベースとなった天女の羽衣の伝説とは?
天女の羽衣伝説は、日本だけでなく、世界各地で語り継がれている伝説の一つです。
能の羽衣は見たことがなくても、天女の羽衣の話だったらなんとなく知っている、という方も多いのではないでしょうか。実は、能・羽衣は、その天女の羽衣伝説をベースにして作られた能なのです。
では、天女の羽衣伝説と能・羽衣を比較して、そのストーリーから魅力を探っていこうと思います。
ではまず、天女の羽衣伝説の大まかな内容をご紹介します。
《天女の羽衣伝説…その悲しいストーリー》
水辺で美しい天女が水浴びをしていました。
その様子をのぞき見して、美しさに心を奪われた男は、天女が天に帰らないように、天女の服(羽衣)を隠してしまいます。
天に帰れなくなった天女は、その男と結婚して子を産みます。
その後、男が隠していた羽衣を偶然見つけた天女は、天に帰っていきました…。
代表的なお話はこんな感じです。
各地に伝わる伝説なので、地域によってだいぶ差がありますが、羽衣を取られて帰りたくても帰れない天女がかわいそうだったり、天女が天に帰る時に置いて行かれた子どもが泣いたり、逆に子どもを連れて天に帰るバージョンでも、夫が捨てられて悲しむとか、とにかくアンハッピーになる話の方が多いのです…;;
しかし、能の羽衣は違います!
能の羽衣では、天女は羽衣を返してもらい、ちゃんと天に帰ります!
しかも、舞を舞って、お土産まで置いて行ってくれるのです!
では、能・羽衣はどのようなお話なのでしょうか。
詳しく見てみましょう!
能・羽衣、その魅力あふれる物語とは?
舞台は、三保の松原(静岡県)。
海岸の松林と、海と、富士山の眺めが美しい場所です。季節は春で時間は朝です。
漁師の白龍(はくりょう)が、海の景色を眺めていました。
すると、空から花が降り、音楽が聞こえ、良い香りがしてきます。
これはただ事ではないぞ、と思ったところ、海岸の松の木に美しい衣(羽衣)がかかっているのを見つけました。白龍はこれを家宝にするために持ち帰ろうとしますが、ここで天女が声を掛けました。
天女:「それは天女の羽衣よ!持って行かないでください!」
白龍:「え?君は天女?すごい!じゃあこの衣は国宝ものじゃないか!絶対返さないよ!」
天女:「ひどい…それが無いと天に帰れないの…お願いだから返して…」
羽衣を返してもらえない天女は、ひどく元気を無くしてしまい、もう死んでしまいそうな様子。
天女があまりにも嘆き悲しむので、白龍はかわいそうになって、羽衣を返してあげることにしました。
わかってくれる人で良かった…。
でも白龍、ただでは返しません。羽衣を返す交換条件として、天女の舞を見せるよう提案します。
天女はその提案をのみますが、羽衣が無いと舞えないので、先に返すようお願いしました。
しかし白龍は疑います。
白龍:「えー!羽衣を返したら、舞を見せずにすぐ帰っちゃうんじゃないの~?」
天女:「 疑うのは人間だけです!天人は嘘はつきませんっ!!!」
白龍:「ご、ごめんなさいぃ…;;。すぐ返しますっ。」
こうして羽衣を受け取った天女は、月世界の豆知識を教えてくれます。
天女:「月には30人の天女がいて半分は白い衣、半分は黒い衣を着ています。その中から毎日15人が舞を舞う当番になります。白と黒は交代制で、白い衣の天女が増えると月は満ち、黒い衣の天女が増えると月は欠けるのです。私もその中の一人なのです。」
なるほど、納得!そしてとても素敵なお話。
もしかしたら、今晩はこの天女の当番の日で、どうしても帰らなくてはならなくて、とても焦っていたのかも。月を満ち欠けさせるなんて、他の誰にもできない重要なお仕事だものね…。白龍、ほんとにいいことをしたね。
そして天女は、三保の松原の美しさを称え、国土の繁栄を祈念する舞を舞い、さらに宝物まで降らせて、天に帰って行きました。
能・羽衣の登場人物はとても魅力的!
天女は天に帰って仕事に間に合ったし、白龍は美しい舞を見れたし、三保の松原の美しさも褒めてもらえたし、国土の繁栄も祈念してもらったし、宝物ももらえたし、もう全員ハッピーですね!
各地に伝わる羽衣伝説との大きな違い、そして能・羽衣の魅力はここだと思います。
羽衣伝説の男は、水浴び中の天女の美しさに心を奪われ、我がものにしようと意図的に羽衣を隠します。
しかし白龍は、珍しい羽衣を持ち帰りたいと思いましたが、それよりも、死にそうなほど困っている天女をかわいそうに思う気持ちが勝り、羽衣を返してあげます。
情にもろくて素直な人柄が伺えます。
また、能・羽衣の天女も「嘘はつかない!」とビシッと物を言うちょっと強気なところがあります。
それに対して白龍も素直に反省しています。
さらに、天女は美しい舞を舞い、三保の松原の美しさを称え、国土繁栄を祈念し、帰りに宝物を降らせたりして、とても喜んでいる様子です。
なんなら、また地上へ遊びに降りてきそうなくらいです。
海外でも演じられる能・羽衣の魅力
実は、能の演目は恨みつらみの話が多いです。
見た後、正直「うーん…。」ってなってしまうお話が結構あります。
しかしながら、能・羽衣はそうではありません。
元になっている羽衣伝説は、ハッピーエンドではないのに、なぜ、能・羽衣は、このようなお話になったのでしょうか。
もしかしたら、三保の松原の美しさを見ていたら、明るいお話が思い浮かんできたのかもしれません。
能・羽衣は、日本だけでなく、海外での演能回数も多いです。
それは、おそらく、世界に伝わる伝説が元になっている事と、日本の美しい風景の中での出来事を描いているという事、それから、月の満ち欠けという世界共通の宇宙の事を語っている事、さらに悪人が一人も出てこず、全部ハッピーに終わる…、そんな魅力的なストーリーが、日本だけでなく世界に通じるものだからだと思います。
能・羽衣は演能回数が多いので、機会があったらぜひ観てみてくださいね。