日本茶の歴史

お茶の歴史は古い様で新しい?!美味しいお茶はこうして進化してきた!!

お茶って、三度のご飯に飲んだり、おやつのお菓子と一緒に飲んだりと、私たちの生活の中に溶け込み過ぎてて、深くそのルーツとか歴史を探ってみようなんて中々思いませんよね?

なんとな〜く、中国から伝わってきたんだろうなぁ〜ぐらいは分かっても、いつ頃、どうやって伝ってきたのか?なんて気に留めることもありません。

けど、なぜだか気に留まってしまったので調べてみました☆

という事で今回は、日本のお茶の歴史やその進化の過程について解説していきます。

喫茶文化は中国から伝わった!

遣唐使2調べてみるとどうやら、お茶は大まかに分けて3回に渡って伝わってきているようです!

一度目が、平安時代前期、約1200年前。中国の唐から、茶を煮出して飲む「煎茶法(せんちゃ)」を特徴とする唐風の喫茶文化です。

二度目が、鎌倉時代初期、約800年前。宋から抹茶にお湯を注ぎ飲む「点茶法(てんちゃ)」を特徴とする宋風の喫茶文化です。

三度目が、江戸時代前期、約400年前。明から茶葉を湯に浸しそのエキスを飲む「淹茶法(えんちゃほう)」を特徴とする明風の喫茶文化が伝わりました。

そう言えば、普段飲む急須に茶葉を入れて、お湯を注いで蒸らしてから飲むお茶と、裏千家・表千家みたいないわゆる「茶道」のお茶とは全然スタイルが違いますよね!

輸入された年代が違うんだと思うと、納得ですね!

誰が伝えたの?

何時伝わってきたの♬〜むかし、アラブの偉いお坊さんが〜♬

これは、コーヒールンバの一節ですが、喫茶文化を伝えたのはどうやら、その時代、その時代に中国に留学してきたお坊さんが、お茶の栽培方法・加工方法と共に伝えました。

平安時代に伝えたのは、最澄、天台宗比叡山延暦寺を建てた伝教大師さんと空海。そうです!「弘法は筆を選ばず」の弘法大師さんですね^^ この二人が中心とされています。

鎌倉時代には、臨済宗の宗祖栄西が2回入宋してお茶の栽培技術と加工技術を習得したと考えられています。

江戸時代前期には、中国福建省の萬福寺の住職、隠元が日本に渡来しました。

すでに日本のお茶のトップブランドとして君臨していた宇治に萬福寺を建立しました。

ちなみに…隠元が飲んでいたお茶は煎茶でした。

この頃から、日本に初めて茶葉を揉む工程が取り入れられるようになり、この後、高級茶葉で有名な「玉露」も宇治を中心に開発がすすめらていったんです!

普段飲む、茶葉を急須に入れてお湯を注いで飲む方法は江戸時代に出来たんです!

そう考えると、普段飲んでいるお茶ってまだ最近の物なんですよ!

庶民には贅沢品だった!?

お茶は現代のように誰もが飲める一般的な飲み物ではありませんした。

というのも、お茶はお坊さんが伝えたのですから、お寺の仏教儀式で飲まれていたのです。

最澄や空海が伝えた時代には「お茶を飲む」事そのものが、その当時の最先端のことで、遣唐使を送った天皇や一部の上流階級の人しかお茶を楽しむことが出ませんでした。

400年時代が下って鎌倉時代になっても、お茶は高級品で、ほぼ寺院のみで栽培されていました。

栄西が点茶法を輸入した頃でも、抹茶は寺院を中心に広がったとされています。

鎌倉幕府初代将軍、源頼朝に抹茶を献上されたことによって、ようやく武家社会にも広がって行くことになりますが、まだまだ、庶民の口には入りません。

鎌倉時代の後期になってくると、今まで奈良や京都など中央でしか作られなかったお茶の栽培が鎌倉に広がってきました。

この頃から、畑と畑の間の極狭い土地も利用して茶木を植えて栽培されるようになり、少しず生産量が上がり、庶民も手に入るようになったのです。

室町時代になると、ようやく庶民の口にも贅沢品として口に入るようになってきました。

それも、煮出して飲むお茶だけではなく、村に一つは茶臼があって、茶葉をひいて抹茶にして飲んでたんですって。ある意味、挽きたての抹茶を飲めるなんて贅沢ですよね♪

ってな訳で、織田信長や豊臣秀吉が活躍した戦国時代以降は、煮出して飲むお茶と抹茶もだいぶ庶民にも飲めるようになってた様ですよ。

茶道と言えば、私の中で「千利休」なんですが、利休が活躍した戦国時代っていうのは、お茶が社会全体に広まってきた所で、淹れ方・飲み方を洗練した形にしていった時代でもあったんですね!

お茶が空海や最澄が伝え入ってきてから、700年以上経っています!

伝わるって本当に時間がかかるんですね〜f^^;

煎茶はいつ広まった?

茶葉を湯に浸しそのエキスを飲む「淹茶法(えんちゃほう)」を特徴とする明風の喫茶文化は江戸時代の最初に伝わってきました。

この時に、茶葉を蒸らして揉まれる煎茶が登場しました。

幕府が将軍様用の宇治茶を茶壷に入れて江戸まで運ぶ行事を「御茶壷道中」といいます。

江戸幕府が開かれてから早い段階で、この御茶壺道中は制度化されました。

はじめの頃は、茶壷には抹茶の原料の碾茶が入っていましたが、後に煎茶も加えられました。

将軍様に飲んでもらうためだけではありませんが、この事により、生産量、技術も上がり、全国各地に順次導入され、益々庶民にも広がりました。

さらに時代は下って幕末の頃、日米和親条約の締結後、横浜港が開港すると、お茶は生糸に次ぐ重要な輸出品として生産が一気に増えました。

その後、インド茶の台頭や本格的な工業化が軌道に乗り、日本茶の地位が必然的に低下していきました。

これをきっかけに、輸出から国内の消費者向けへ視点が変わっていきました。改良や工夫がますます増えていったのです。

そして、大正時代に入ると、日本最初の焙じ茶が発売されました!

元々は煎茶を作る際に失敗したものから作られ、安価で手に入る「庶民のお茶」でもあり、炒ることで煎茶にはない香ばしさが加わり、楽しむ種類が増えました♪

そう考えると、今飲んでるお茶ってまだまだ歴史が浅いんですね(゜o゜)

ほとんどのお茶は戦後の品種改良、蒸し時間の変化、茶樹の上に覆いをし、遮光して育てる栽培法の工夫などによってその種類を増やしてきました。

最先端のお茶♪

今、私たちが飲んでいるお茶。

例えば、深蒸し煎茶、焙じ茶、玄米茶、番茶など、そのほとんどは戦後改良されたり製法の工夫だったりが加えられ、ただの煎茶から私たちの好みに合わせて作られて来たものだったんですね^^

私は昔から有るものを飲んでたとばかり思っていましたが、そうではなく、現在進行形で改良された、より美味しく頂けるようになったものを飲んでいたんだなぁ感心しました。

そう考えると、もっと味わって飲まなくちゃ罰が当たっちゃいますね笑

こういった歴史的背景を知って飲むお茶は、また格別に深みが増す感じがします(気のせい?)

これからもお茶の進化をゆっくり味わって楽しみましょう♪




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