日本人なら一度は耳にしたことがある「侘び寂び」という言葉。
聞いたことはあるけど…意味はよく知らないという方も多いのではないでしょうか?
日本独特の美意識を表すこの言葉、海外の方にはどう映るのでしょうか?
最近では、日本庭園や茶道など、日本文化に興味を持つ海外の方も増えてきています。
今だからこそ日本人として、しっかり理解しておきたいですよね。
今回はそんな「侘び寂び」の意味について迫りたいと思います。
侘び寂びとは何か?
それでは、「侘び寂び」とはいったいなんなのか!?
現代では、一般的に「侘び寂び」は、一つの言葉として使われていることが多いですね。
しかし、本来は別々の意味を持つ二つの言葉なのです。
「侘び」「寂び」どちらの言葉も、日本独自の美意識を表しています。
異なる意味を持つ二つの言葉。その意味と違いを考えていきましょう!
侘びの意味
侘びに関する記述は、古くは『万葉集』にあると言われ、本来は厭(いと)うべき心身の状態を表す言葉でしたが、中世には、不足の美を表す新しい美意識に変化していきました。
室町時代に「茶の湯」という「茶を立てて客人をもてなす作法」が確立し、豪華絢爛、盛大に行う「大名茶会」とそうでないものに分かれていきました。武野紹鴎(たけの じょうおう)と言う人が、「小さな座敷で質素に行う茶会」を始めました。これを大成させたのが「茶の湯」で有名な千利休です。江戸時代になりこの茶道を「わび茶」と呼ぶようになりました。
また、武野紹鴎は、小さい3畳半や2畳半の茶室を考案して「侘敷(わひしき)」と呼び、4畳半以上の大きな茶室を「寂敷(さひしき)」と区別しました。後に千利休は「侘敷」と「寂敷」との区別を曖昧にしたことから、「わび・さび」の意味合いが混乱したということです。
この茶の湯の精神こそが「侘び」の美意識となります。
簡単に言えば、侘びとは「簡素、質素の中から見いだされる美しさ」ということになります。
静寂の中で茶の湯の世界を楽しむ映像がありました。心が和みます。よろしければご覧ください^^
寂びの意味
寂びとは、「閑寂(かんじゃく)さの中に感じとれる奥深い豊かな美しさ」とあります。
本来は時間の経過によって劣化した様子を意味しています。
漢字の「寂」が当てられ、転じて「寂れる」というように、人がいなくなって静かな状態も表しています。
「寂び」とは、老いて枯れたものと、豊かな美しさという、相反する要素があります。しかし、その二つの要素が作用しあい生まれる美こそが寂びなのです。
鎌倉時代末期、吉田兼好の『徒然草』には、古くなった本を味わい深いと見る記述があり、この頃には古びた様子に美を見出す意識が生まれていたことがわかります。
室町時代には、俳諧の世界や能楽にも、この美意識が取り入られるようになりました。
さらに松尾芭蕉以降の俳句では、中心的な美意識として「寂び」を表現しています。しかし、芭蕉本人が寂びについて記した記録は非常に少ないとされています。
侘び寂びに見る日本人の美意識
侘び、寂びの意味について紹介してきましたが、文章で表すのは本当に難しいことです。
しかし、こうして調べていくと、「侘び」は「寂びの美しさを感じ見いだす心」だと分かります。
2つの言葉には関係性があり、両者が混ざり合って、はじめて日本独自の美意識「侘び寂び」になるのです。
日本人は古来より四季の移ろいを感じ、散りゆく桜、儚い蛍の光りを美しく、そして愛おしいと思い、楽しむことができます。
「Simple is the Best」という言葉がありますが、華美を追い求め、足すことではなく、時には引くこと、普段の中にこそ、侘び、寂びを感じることができるのです。
そういった日本人の美意識こそが、世界から注目される日本独自の伝統文化なのです^^
下記は美しい日本が見て取れる映像です。どうぞ目で味わってください☆
もっと侘び寂びについて調べたいという方は、こちらの本が参考になりますよ!
日本独自の美意識「侘び寂び」とは
・侘び寂びとは、異なる意味を持つ別々の言葉
・侘びとは「簡素、質素の中から見いだされる美しさ」
・寂びとは「老いて枯れたもの中から感じとれる美しさ」
・足すことではなく引くこと。普段の中にある日本の伝統美
侘び、寂びとは、形なきものに感じ取ることの出来る味わい、儚さを美しいと思える日本人の美意識なのです!感じ方は人それぞれですが、私は、野に咲く花に美しさを感じる日本人でありたいと思います^^
情報が溢れる現代だからこそ、侘び寂びの意味をご自身で実感してくださいッ!